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  • イラン(テヘラン)・リサーチツアー

    初めて訪れるイスラム圏ということもあって、 街中にもっとアザーン(祈りを促す放送)が響き渡っているかと思ったが、 私の訪れたテヘランではほとんど気付かない程度だった。
    しかし美しいモスクがいくつも荘厳にたたずんでいた。
    今回の旅行の目的は、イランの伝統的なフレームドラム、 ダフとダーイェレの調査である。
    メソポタミア(現在のイラク)に近いこの国では、 今でもこれらのフレームドラムが実際の演奏の場で 活躍しているのだ。

    まずは「イラン国立博物館」に赴き、出土品の調査。
    ペルシア帝国の長い歴史を俯瞰する展示物に、 ふと学生時代の歴史の授業を思いだし、 「くさび型文字」が刻まれた石碑の前でしばし感慨に浸った。
    楽器の展示はザングと呼ばれる青銅のベルだけだったが、 ギリシア文明の流れを汲むと思われる彫像の1つに、 フレームドラムとおぼしき円形のものを手にしているのを 発見した。

    幸いにもイランを代表する音楽家、 ホセイン・アリザーデ氏一派の音楽家達にコンタクトが取れていたので、 本格的で一流のイラン音楽を堪能することが出来たわけだが、 どこのお宅にお邪魔しても、「チャイ」と「お菓子」のサービス。
    はるばる日本からイランの音楽を調査しに来たということで、 大歓迎を受けた。

    クルド系のミュージシャンのお宅では1曲が40分を越す 大熱演を聴かせていただいた。
    日本の民族音楽学の重鎮、故小泉文夫博士が生前に、 「世界で一番美しいのはイラン音楽」とおっしゃったと聞くが、 生で味わうそれは、まさに人間の心の叫び。
    タール、セタール、タンブールといったペルシアの弦楽器に ダフ、トンバックという打楽器が織りなす一大宇宙に、 酔いしれた一時だった。

    さてテヘラン市内の楽器店と言わず、土産物を扱う店にさえ、 沢山のダフが置かれているのには感動した。
    日本で私がこれを買うのにどれだけ苦労したか・・・。

    レッスンをして頂いたペジェハム・アッカバスさんのご紹介で、 幸いにもプロミュージシャン御用達の楽器専門店に 行くことができた。
    やはり日本でもプロミュージシャンの行く店は品揃え、 品質など、一般の店とは違う。

    その楽器専門店は地下が工場になっていた。
    いきなり現れたトンバック、ダフの山!
    驚きのあまり目を見開き言葉を失った私を、 職人さんたちは温かく迎えてくれた。
    トンバック表面を研磨する機械は、 実際に動かして見せてくれた。

    地上階はすべて楽器専門店。 溢れんばかりのペルシアの楽器たちにただ溜め息のみ。
    ちょうどダフアートの専門家が来店中で、 デモンストレーションを拝見する幸運にも恵まれた。
    ダフの表面にハーフェズの詩などを下書きもせず、 直接さらさらと書いていく。まさに名人芸である。
    これを生で見られただけでも、はるばるイランまで来たかいが あったと言うものだ。

    さてペジェハム・アッカバスさんのレッスンは、 短い滞在期間にも関わらず、密度の濃い充実したものだった。
    テヘラン市内は英語がほぼ通じず、 数字さえもペルシア文字なので非常に苦労したが、 ペジェハムさんは海外公演もされる方のため英語が堪能で、 ダフ、ダーイェレ、トンバックのレッスンの他に、 ペルシアの楽器や音楽史、地方の違いなどについても 英語で講義してくださり、大変に助かった。

    それにしても、恐るべし!ペルシァンテクニック!
    空いた口が塞がらない・・・のごとく、 繰り出されるそのテクニックにはただ驚愕するばかりだった。

    「次に会う時にはこのパートははるひがやって、僕がこっちを やるんだからね」
    と、堅い約束を交わして、アッカバス邸を後にした。
    タクシーの後部座席から手を振る私を、 ペジェハムさんも遠く見えなくなるまで手を振って 見送ってくれた。


    音楽も人も、ペルシアの地で出逢ったものたちは、 みな素晴らしく、そして温かかった。
    日本音楽と、どこか共通するものを感じたイラン音楽。
    私もいくつか日本の歌を披露してきたが、 もし機会があれば再び訪れ、共に演奏してみたい。
    そんな気持ちがこれを書いている今も甦ってくる。

    Merci Tehran!
    また会う日まで!

    文責:Haruhi Taniguchi

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