• HOME
  • 協会について
  • フレームドラムとは
  • ワークショップ
  • イベント
  • リサーチ
  • インタビュー
  • リソース
  • ドラムジャーニー
  • 養成コース
  • ウェルネスサポート
  • 派遣依頼
  • ショップ
  • 訃報

    2013年11月18日、膵臓癌のため、小澤敏也さんが亡くなられたとの知らせが入りました。
    10/19の退院後は、ご自宅で、姉兄家族の暖かい見守りの中、
    最後まで自宅のPCでパンデイロバツカーダを考えて、録音をされていたそうです。
    まだまだこれから活躍される方でしたので残念です。
    どうぞ天国でパンデイロを叩き続けてください。
    ご冥福をお祈りいたします。



    小澤敏也氏インタビュー

    羽ばたけ!パンデイロ・ロッカー「小澤敏也」!!

    パンデイロはブラジルのフレームドラムです。
    しかし民族音楽という枠にとらわれず、 常にアグレッシヴにパンデイロの可能性を追い求める小澤氏の姿は、 はるか7000年以上の歴史を持ちながら、今なお現在進行形で進化を続ける フレームドラムにまさに重なります。
    ご自身の活動の他、パンデイロの常識を覆した「マルコス・スザーノ奏法」や、 日本での普及、ワークショップ展開などについてお伺いしました。

    インタビュー/谷口はるひ(日本フレームドラム協会代表)
    2007年2月21日@ラ・ボエーム(新宿御苑前)



    ..................................................................................................................................................

    谷口(以下T): 本日は、インタビューの機会をいただいて、ありがとうございます。
    まず小澤さんとパンデイロの出会い、その魅力などからお聞かせ願えますか?

    <パンデイロとの出会い>

    小澤(以下O):僕はサッカーをやっていたんですよ。それでテレビで1970年のサッカーのワールドカップに出場していたペレを見て、ブラジルにすごく興味を持つようになったんです。当時・・・今から32〜33年前ですか。外国と言えばアメリカの時代でしたよね。そんな中で「ブラジルっていう国が凄そうだ!」と思い始めました。だから僕は子供の頃から外国、外国人と言うとブラジル、ブラジル人という感覚だったんです。

    次第にサッカーから音楽に興味は移っていったのですが、当時、日本の音楽界の中ではサンバって何かと明確にされていなくて、いわゆるラテン音楽でひとくくりにされていたから、よくわからなかったんです。
    21才の時、武蔵野美術大学のサンバサークルに出入りしていて、渡辺亮さんという方に出会いました。そこでこれがブラジルの音楽、サンバなのか!とわかりました。
    当時は平行してサルサなどもやっていたのですが、ラテン音楽と言ってもいろいろ違うんだな・・・と、わかったんですね。
    子供の頃からのブラジルへの思いがあったので、自分はブラジルものの方がいいやって、そこからずっとサンバに傾倒していったわけです。

    パンデイロそのものとは18才くらいの時、パーカッションに興味があって出逢ってはいたんです。
    吉祥寺にヤマハがあった頃なんですが、そこでパンデイロには遭遇しているんですよ。
    しかし大きくてチューニングが出来て良い楽器らしいのですが、持って振ってみると鳴らない。
    これはどうしたらいいものなのか・・・と思っていたところ、その武蔵野美術大のサークルに行ったら、もう強力に叩ける人がいまして、感動しました。
    それでその人を荒川の上流の方に無理矢理連れていって(笑)、一日中キャンプしながら御飯作るか、川で泳ぐか、パンデイロを叩くか・・・の合宿生活をしました。
    僕は手順とか、音の鳴らし方とかで苦労した覚えはないんですよ。興味が先に立って、とにかく叩きまくりましたね。

    T:小さい頃から何か楽器はなさっていたのですか?

    O:幼稚園の頃にオルガン教室に行ってたくらいですね(笑)。

    T:ではいきなりパンデイロに・・・?

    O:スルドなどサンバの楽器はみんなやりました。サンバを知っていくには全部の楽器をやらないとわからないという話で・・・。
    しかし当時は楽器を買うにも大変な時代でした。今はマルメラアダのような専門店があるのでいいのですが、当時はカーニバルが終わると使用済みの楽器を日本が輸入するような形で、ボディーがへこんでいたりしても、12インチくらいの太鼓が4万とかしていましたからね。外為の問題もあったでしょうが、大変な時代でした。

    <ブラジルへ>

    O:とにかくプロミュージシャンになりたかった。でもどうしたら成れるのかわからなくて、かなり独特な道を行ってしまったわけですが(笑)、24才の時にブラジルに行きました。カーニバルを見に。
    バイトしてお金を貯めて、子供の頃からの夢だったブラジルに行ったんです。それが最初の海外旅行だったわけです。
    当時はトランジットも含めて30時間くらいかかりました。とてもロスで泊まってなどという高価なスケジュールは取れなくてね。
    空港に着いたのは夜。カーニバルの音は聞こえているのですが、疲れて寝てしまって・・・次の日の朝・・・
    もう、びっくりしたんです。ホテルの外に出て浴びた紫外線の強さ。
    それがものすごいカルチャーショックでした。この気候風土があるからこそ、ブラジルはこの音楽なんだ・・・と。
    自分はブラジルの楽器を選んだわけだから、あわよくばこちらに住めるつてでも捜してこようかなといった思いが吹き飛んで、これは東京でしっかりやらなければだめだと思いましたね。

    <オリジナリティを求めて>

    O:僕、ローリング・ストーンズが好きなんです。あの当時、イギリスの若者たちはブルースを聞いて、なんとか俺たちもそれがやりたいなと・・・。でも実際アメリカとイギリスは遠いんです。レコードとかも今のようにガンガン入ってくる状況ではない。それでみんなでなんとかやっているうちに、別のものになってしまったわけですよ。それが凄いと思うんです、僕は。
    そのままの形のものをやろうと一生懸命やっていたら、オリジナリティが出てきたってことでしょう?
    僕はブラジル音楽にもそういう所が凄くあると思うんですよ。サンバもけして止まっていない。今でも前に進み続けているし。
    だから僕も独創性というか、自分自身を楽器にぶつけていくようになっちゃったんですね。ブラジルの音楽をやると言うよりは・・・。だから僕はちょっと変わったタイプのミュージシャン、ブラジル音楽をやっている人なんじゃないかと思います。

    でもブラジルの音楽も欧米のロックとかジャズとかいろんなものを取り入れて進化しているんです。
    今、パンクなどの感覚を持ったバンドとか沢山あるんですよ。でもその中でブラジル地元の打楽器が使われていたりする。そういうところが好きですね(笑)。

    T:最初からオリジナルに入ってしまったのですか?

    O:いや、トラディショナルも、MPB(Musica Popular Brasileiro)と呼ばれる向こうのポピュラー音楽もやっています。
    パーカッショニストって面白いと思うのは、サンバをやるぞとなったらそれの全てのパーカッションをやるわけじゃないですか。他にもコンガでもアフリカのジェンベでもやるわけです。
    楽器との出会いってありますよね。例えば有名なアーティストが来日して、あれ凄いなと思って楽器を手に入れて、一生懸命練習して・・・。
    ものにならなかったものもありますが、でもパンデイロに関しては最初にサンバのグループに入ってびっくりして、97年にマルコス・スザーノが来日して・・・

      <マルコス・スザーノとの出会い〜スザーノ奏法>

    O:スザーノに関しては聞いてはいたんですよ。なんか変わったパンデイロをやる人が出てきたって。それでCDで聴くんですが、全然コピー(注:耳コピーのこと)出来ないんです。なんでかな・・・?
    当時パンデイロは低音は親指でしか出すことがなかった。サンバのフレーズは全部低音は親指で、手順も全て手のかかと(注:手のつけ根)から始めるやり方しかなかった。 (後々になってわかったことなんですが、低音をつま先(注:指先)で打つ人はスザーノ以外にもいたようですが。)

    スザーノの何が凄いって、手順が逆さまになるんです。つま先からも始めることをスザーノはやっていて、それを最初のワークショップを受けた時にびっくりしました。

    T:それは来日の時ですか?

    O:そうです。97年に来日した時に、25人くらいの選抜制で行ったのですが、そのワークショップは凄かったですね。2時間ぐらい喋りっぱなしで、その後に実演が始まって・・・。安井源之新さんが通訳してくれて、それから毎年ワークショップが行われています。ちょうど今年で10年目になるので、今年もワークショップがあるようなら、こちらからも何か披露したいなと思っているんですけれどね。

    僕はパンデイロに2回びっくりしてるわけで、一生自分がシンボリックにやっていく楽器がこいつなんだなぁ・・・って、ものすごくパンデイロに執着したんです。 日本にスザーノ奏法が入ったのが97年。その最初の25人だったわけで、ブラジルでスザーノを見た人、教わった人がもしいたとしてもそれ以外の人は知らないわけですから、これはもう、一発やったれ!と思って(笑)、ガンガンやりましたね。
    練習・・・というか、叩かなきゃいられないって感じで。

    スザーノの最初のワークショップの段階で、ブラジルにある沢山のリズム・・・サンバのみならずイェシャーとかマラカトゥとかコッコとか北側の方の地方のリズムとか・・・それをパンデイロ1台で表現するとどうなるかということがテキストにずらっと書いてあったわけです。
    それを見ながら「ほう、なるほどな」と思っているわけですが、もうすでにその時、自分の中でやりたいことが、そのワークショップを受けている最中にものすごく出てくるんです。

    複合されたリズム、その全体感を聴いたものをスザーノはパンデイロに置き換えているわけですが、僕も今まで自分がやってきたパーカッションの1つ1つをパンデイロに置き換えてみたらどうなるか・・・マラカスでもいいし、コンガでもいいし、ジェンベのフレーズでもいいし、ジュンジュンのフレーズでもいいし・・・何でもいいからとにかくそれを全部パンデイロの中に手順を考えて入れてみたらどうなるか・・・。
    要するにもう自由に叩けるようになったわけですから。
    手順を逆さまにやったり、両方で同じ音を出したり・・・両手でやるのと同じ感覚で出来るようになったわけですからね。

    パンデイロ1台で何でも出来るということで、感覚が変わりました。
    リハーサルやライブが終わった後、よく車を公園の脇などに止めて延々練習しました。自分の思うフレーズが全部出来るようになるまで、7年くらいかかったですかね。
    最初はスザーノ奏法をマスターする、そしてそれを使って自分を表現する・・・ということにものすごく執着して、それに7年かかったということでしょうか。

    それを超えて、さてこれから何をしていくのかと考えた時、1つのタンバリンになっていったんですね。パンデイロと言うより、あ、これタンバリンだなっていう感覚になっていって・・・。
    特別なものじゃないなっていう気持ちが出てきましたね。
    tapa(平手打ち)っていう、真ん中を叩く奏法を連打出来ないかな・・・とか、いろいろ考えてやっていると(笑)、なんだ、これただのタンバリンじゃないかと思えてくるんですよね(笑)。
    パンデイロだ、パンデイロだと思っているうちは、本当に自由にならないのかな・・・と。
    そろそろ他の楽器を練習しなくちゃなと思うんですが、ますますパンデイロにつっこみそうな気がして(笑)。

    T:イタリアン・タンブレロ奏法なんていかがですか?

    O:スザーノも前回の来日の時に言ってましたね。手の甲まで使ってやるのが凄いって。だからパンデイロも1つのフレームドラムという感じで捉えていくといいのかもしれないと思います。

    <自由な奏法〜今後の活動>

    O:ボサノバなど日本で大変に盛んですが、フレンチ・ボッサとかイタリアン・ボッサとかもある意味、ブラジルより盛んに行われていて、たぶんブラジル人よりバサノバは日本人やラテンヨーロッパの方が気に入っているみたいで、それと共にパンデイロも、あと50年とか80年くらい経ったら、ひょっとしたらこれは日本の楽器になっていても可笑しくないんではないかと思うくらいなんです。

    知り合いに二胡を教えている中国人がいるんですが、今二胡は日本で大変な人気なので、もしかしたら50年後には中国の楽器じゃなくて、日本の楽器になっちゃってるかもしれないよ!なんて言うんです。日本の演歌などの歌い口にマッチしているんですって。
    琴だって昔大陸から渡って来た楽器なわけですからね。今でこそ、僕らはこの楽器はどこの楽器と言いますけれど、50年経ってみたらわからないですよね。

    特にスザーノ奏法は自由度を増す奏法なので、いわゆるビートの数とかも関係なくなったわけです。16ビートでも8ビートでも6/8でも何でも出来る。・・・というところまで来たら、それに合った音楽性のある国が、楽器なども改造してオリジナリティのあるものになったら、その国の楽器になっちゃう可能性って高いですよね。
    ブラジルから略奪する気はないんですけれど、凄くいい楽器・・・僕が人生賭け過ぎてるっていうのもあるんですが(笑)・・・手軽でいい楽器なので、なんとかもう少し普及出来ないかなと思います。

    ちょっとクセがある楽器じゃないですか。ストレートに手を振り下ろす、ストーンと手を当てる楽器じゃないので・・・でも実は、そんなに難しい楽器じゃないんですよ、きっと。
    サンバとかだとやはりニュアンスを気にしなければならないですよね。
    でもスザーノは奏法を教えて行ってくれたので、リズムそのものはベタっとしていても構わないわけです。自分のやる音楽性に合ってさえいれば。
    そういう意味で、実は簡単なんです。

    T:今後の活動はどうお考えですか?

    O:今はピカイア・パンデイロ・スペシャルというグループが、わりとパンデイロの使用率が高いと言うか(笑)なので、このグループは頑張りたいと思います。あと、リズムの独創性ということで考えたら「KING」というグループもやっているのですが、それがなかなか創作リズムをバンド全体でやるということで、大変に楽しいです。

    あとは、僕自身はワークショップをやっていきたいですね。それはある意味、決心しました。

    パンデイロをやるにはサンバが出来なかったらダメという考えがあります。
    僕自身もそう思ってサンバから教えていたこともあったんですが、あれだけ自由に叩ける奏法(注:マルコス・スザーノ奏法)があって、マルコスの知名度もブラジル音楽を聴く人以外(注:近年スザーノ氏はBoomの宮沢氏などと共に活動している)にも広がっています。ワークショップにもブラジル音楽は一度も聴いたことがありませんという方がいらっしゃるんです。
    そういう方たちを見ていると、ブラジル音楽を知らないでやるとはけしからんなんて言ってられないでしょう?

    スザーノ奏法はスザーノ奏法として、ロックだろうがジャズだろうが、何でも出来るわけですから、これから音楽を作り上げるんだという意気込みで、ワークショップをやっていこうかなと思っています。
    おそらくこういうことを堂々と言って問題のないミュージシャン・・・僕はそれのうちの1人だと思いますよ。
    これは悪い意味ではなくて、長岡さん(注:長岡敬二郎氏)などはショーロをやったら素晴らしいので、彼がワークショップをやるとしたらそれを先頭に出すのがいいと思います。
    でも僕は始めに全然違う意識になってしまったんで、ブラジルそのものから・・・僕自身は好きでやっていますけれど・・・パンデイロそのものを広めよう、自由に叩ける楽器になったものとして広めていく役割を務めたいなと・・・。スザーノ氏も10年日本でワークショップをやったわけですから。

    ただパンデイロそのものの難しさもあるのかもしれませんが、これで自由に出来るようになりましたと言われても、どこまでが自由でどういう風に叩いたらいいかわからない、まったく見当がつかない人がほとんどのようです。
    だからジョルジーニョさんを聴けば、やっぱりショーロがいいとかボサノバがいいとか・・・別にボサノバやショーロが悪いわけではなくて、、、

    、 T:ある程度「型」があった方がやり易いと?

    O:いや、僕にも「型」はあるんですよ。それは僕もサンバとかやっていましたから。
    そしていろんな楽器をやっていて良かったなと思います。それらのいろんなパーカッションで習ってきたフレーズを全部混ぜて入れる・・・そこからバーッと広がりが出てくるわけです。

    そうしているうちに「技術的に何でも出来るようになるトレーニング方法」というのが、僕も初マルコスの来日から10年やって来ているので、だいぶ出てきたんですよ。
    それを僕の懐に収めておいたって何の役にも立たないわけで、全部惜しげもなく人に伝えちゃおうと。
    そういう意味でワークショップというのを2ヶ月か3ヶ月に1回くらい、行っていこうかと思うんです。
    それと同時にパンデイロを叩く人達の横のネットワークなども、徐々に出来ていったらいいなと思っています。
    あまりブラジルブラジルしていないことをやるのですが、パンデイロそのものの自由度を増すぞ!という感覚で来てもらえたら、ブラジル音楽をやるにも役に立つトレーニング方法だと思います。

      <マルコス・スザーノが伝えたものとは>

    O:僕もこの年齢になって1プレイヤーとして、これからどうしていくかいろいろと考えるわけですが、パンデイロと出逢って、まだこの楽器には可能性が・・・スザーノさん自身も思っていることでしょうが・・・残っていると僕自身も思うんですね。
    僕もスザーノさんが考えていなかったこともフレーズ1つ取っても沢山思いついているし、提示出来るんです。

    よくスザーノさんのワークショップを手伝った後に、「実はこんなの思いついたんだ」「おぉ、それは面白いな。俺はこんなの考えた」ってやりとりをして、その時間は楽しいですね。
    この技術は俺が考えたんだから、人に渡さないなんていうのじゃなくて、それをバンバン出していって、「あぁ、こんなやり方もあるのか」と思えるような・・・「何かパンデイロってクセがあるよな」って思われちゃう楽器なので、それを解決して行けたらと思っています。
    そしてパンデイロを普及する役割に一役買えればなって、最近強く思うようになりましたね。

    スザーノさんはショーロってのはこういう音楽だ、サンバはこういう風に叩くんだと教えて行ったんじゃないんです。パンデイロの新しい奏法を教えて行ったんです。だからそれを使って何をやってもいいわけなんです。
    彼を凄いなと思うのは、ある意味ずっと「対等」なんですよ。自分でものすごいことを考えたにも関わらず、それを人に教えるに当たって、そこから先は何をしてもいいよ・・・と。
    手前味噌になりますが、僕のように次から次へといろんなことを思いつく人に「わぁ、それ面白いな」と言ってくれるんですよ。
    「おまえ、そんなのまだまだだ」とか「そんなことをやるために、この奏法を教えたんじゃない」とか、そういうこと一切言わないですから。

    T:私も去年のワークショップで初めてお会いしただけなんですが、凄い良い人だって感じましたね。

    O:去年、大阪でワークショップをやったんですが、プロの人も来ていて、「小澤さん、そこまで教えちゃっていいんですか」って言われたんですが、スザーノがそうだから、隠すなんて・・・。
    特に僕の場合は「隠す」って恥ずかしいことなんです(笑)。「面白い」とか「すげー」とか思ったことって、人に伝えたくなりますよ、通常・・・。
    だからスザーノさんってのもナチュラルな人なんじゃないかな。
    僕もパンデイロという楽器の普及のために、どんどんいろいろなことを伝えて行きたいですね。

    T:ますます小澤さんのワークショップ活動が楽しみになってきました。
    そんなに教えて頂けるなら、行かなきゃホントに損ですね!
    今日はお忙しいところ、お時間頂きましてありがとうございました。
    同じく「フレームドラム」を愛する者として、これからも応援させて頂きたいと思います。

    ▲ページトップに戻る

    ▲インタビューに戻る